死刑。
まさか自分にはかかわりの無い、TVの向こう側のこと。
そう思ってらっしゃる方がほとんどだと思います。
でも、そうは言っていられない裁判員制度。
そして、いつ、自分が犯罪に巻き込まれ、家族、友人、恋人が巻き込まれるか・・・。
すでに無いとは言い切れない時代になってしまったようです。
普段何気なく通過しているところで、実は事件が以前あったなんて話は、たくさんある。
犯罪と自分たちの生活は紙一重のところにあります。
秋葉原の事件は記憶に新しいところです。
「だれでもよかった」犯人は言います。それは、
「誰かではダメだった、知っている人では」の裏返し。
知っている人では、罪の意識が大きい、知らない人だったら、罪の意識が薄い。
と、思っているのか考えてしまいます。
でも、人の命の重さはみな同じもの。
個人的には、人の命を奪ったものは、命を奪われても文句は言えないと思っています。が、100%賛成とはいえない・・。
亡くなった人の、そして、その被害者の家族、恋人、友人、その人たちの苦しみをどれだけ背負わせることが、裁判でできるのか。それが一番大事なことではないでしょうか?
いろいろな意見があると思います。
光市母子殺人事件の本が出版されました。
この本から、いろんなことを考えさせられます。
犯罪者をどう裁くのか、今一度考え直すいい機会なのではないでしょうか?
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